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  • 大井駿

ブラームス: シューマンの主題による変奏曲 作品23

最終更新: 2018年8月7日

(2月17日の夜から18日にかけて)ロベルトはずっと起きていて、あるテーマを書いていました。それはシューベルトとメンデルスゾーンの幽霊が彼に向かって歌い聞かせ、そしてそれを用いて感動的な変奏曲を作りました。

原文: [In der Nacht vom 17. auf den 18. Februar] stand Robert immer wieder auf und schrieb ein Thema, welches ihm die Geister Schuberts und Mendelssohns vorsangen, und über welches er für mich ebenso rührende wie ergreifende Variationen machte.

引用: クララ・シューマンの日記より



  • シューマン最後の作品、「幽霊変奏曲」

1854年。重い統合失調症だったロベルト・シューマンは、幻覚や幻聴に悩まされていました。そんなある夜のことです。シューマンは自分のベッドの周りになにやら人影が集まっていることに気づきます。その中には、当時まだ無名で名誉回復に尽力したシューベルト、共にドイツ音楽界を発展させようと活動を共にし、38歳の若さでこの世を去ってしまったメンデルスゾーンの姿が。彼らはシューマンに向かってとあるコラールを歌ったのです。


それを聞いたシューマンは、急いで楽譜に書き起こし、変奏曲を書きました。

それが主題と変奏、通称「幽霊の主題による変奏曲(Geistervariationen)」です。


彼はこの変奏曲を10日後の2月27日に書き終えます。

そしてその日、家を飛び出したシューマンはそのままライン川へ投身自殺を図ったのです。

たまたま通りがかった通行人によって助けられ、一命は取り留めたものの、その後精神病院へ入院し2年後に46歳で亡くなります。


これが彼の一番最後の作品となってしまったのです。




  • ブラームス: シューマンの主題による変奏曲 作品23

ブラームスはシューマンの作品を元に書いた変奏曲を2曲書いています。

一つは、シューマン後期の「色とりどりの作品(Bunte Blätter)」作品99の第5番を用いた 作品9、もう一つが幽霊変奏曲のテーマを用いて書いた作品23です。


作品9はピアノソロのために書かれ、この頃精神病院に入っていたシューマンとその家族への慰めとして捧げられました。この楽譜を送られたシューマンは、自分の生徒であるブラームスの作品の出来を大変褒めていたそうです。


作品23は1863年、シューマンの死から7年後に書かれました。

この作品は、当時片想いしていたユーリエ・シューマン(先生の娘)に捧げられました。自分の先生の最後の作品を使って書いただけあって、曲に入れ込んでる思いも違います。気合入ってますね。切ないことに、結局この恋が実ることはありませんでした。


こちらがこの曲の自筆譜の表紙です。丁寧な字で書かれています。

真ん中には"Fräulein Julie Schumann (ユーリエ・シューマン嬢)"と書かれているのもわかります。


こちらも同じくブラームスによる自筆譜、主題(プリモパート/上声部)です。


シューマンが生前捧げられた変奏曲に対して「対位法が素晴らしい」と褒められた通り、この曲も終始厳格な対位法を用いて書かれています。

ただ、同じテーマを使って書かれているのにも関わらず、ブラームスは独自のテイストで書いており、最初の変奏からすでにブラームスらしさが出ています。

ロ長調、変ロ長調、ハ短調と転調し、最後にたどり着いた最終変奏には"Alla marcia(行進曲風に)"と記されています。

付点をベースに、葬送行進曲のような重々しさもある中、どこか慰めも感じます。



先生への尊敬の眼差しが感じられる暖かく、本当に素敵な作品です。


©︎2018 Shun Oi

© 2018 by Shun Oi

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